私はうーん、と唸って考え込む。浦島太郎を過去へと帰す時に、なんで乙姫は爺さんになる箱を渡したのだろう。しかも開けるな、とはどういう意味なのか。
「太郎さん、もう一度玉手箱を見せてね」
ユリが箱を受け取る。私も横から覗き込むが、中身は空である。何が入ってたの?とユリが聞けば「なんも入っとらん、わしゃ知らん」と怒り出す。おそらく煙が立ち込めるだけだったのだろう。その結果、見たところ八十歳以上の立派な老人の姿に成り果てて…………。
「あっ、何これ!」
ユリがいきなり叫んだ。私もびっくりした。箱の裏側には英語の文字が書かれたシールが貼ってあったのだ。
〝Mutation Box〟
「どういう意味だ?」
「…………ミューテーションは突然変異って意味」
「突然変異の箱?」
「大事なこと忘れてた!」
急にユリが椅子から立ち上がった。どうしたんだよ、と問いただす私を遮ってこんなことを言う。
「わたし、最初から思ってたのよ。太郎さんて皺はいっぱいあるけど、肌は若々しいんじゃないかって」
肌の質感になど注意を払わない私は気付かなかったのだが、言われてみれば確かに血色は良さそうだ。頭髪も真っ白ではあるが、妙にふさふさとしている。老化とは違う現象なのかと考えれば、先の「突然変異」という単語が自然と脳裏を掠める。
「御伽草子の原典ではね、最後に太郎さんは鶴に変身するの。そして亀に変身した乙姫様ともう一度会うの」
「つる? 鳥の鶴?」
「そう。で、二人は仙人の国で暮らすのよ」
「じゃあ、昔の本ではハッピーエンドなのか」
その時、太郎爺さんが口を開いた。
「口ではうまく言えん。書くものを貸してくれんか」