翌日、廃墟ビルの屋上を訪れた晶子の様子は少し変だった。コンビニ袋は持っていないし、もちろん缶ビールも持っていなかった。それに、ビールを飲んでいないのに頬が少し赤かった。
調子が悪いのかと問うと、晶子は首を振った。そして、「今日は少し暑いから」と言った。確かに、日差しの強い夏の日だった。
「ねえ、太宰。早く文章を読ませて」
僕は言われるがまま、晶子に文章の敷き詰められた用紙を渡した。晶子はまるでパンに齧りつくみたいに、それを読んでいた。読み終えた晶子は顔を上げて、微笑んだ。
「やっぱりだ」
「何が?」
僕の問いに、彼女は優しい表情を浮かべて言った。
「やっぱり、太宰の文章は生きている」
「生きている?」
「うん。何ていうか、文章に全てをかけて来たことが伝わってくるの。それは上手い下手に関わらず、人々の心を震わせる。そんな文章だよ」
「今日は凄く褒めてくれるんだね」と僕が言うと、「最初から褒めてたじゃない」と晶子は笑った。
「ねえ、私も太宰に影響されて、文章を書いてみたの。まあ、小説なんて立派なものは書けなかったからちょっとした詩なんだけど、読んでくれる」
僕が頷くと、晶子が恥ずかしそうな表情を見せてジーンズのポケットから二つ折りにした紙を取り出した。
「はい」
僕に詩を渡す晶子の手は、少しだけ震えていた。詩を受け取りその場で開こうとすると、晶子が僕の手を掴んだ。
「恥ずかしいから、私がいなくなってから開いて」
「わかった」
ほっとした表情を見せた晶子は「じゃあ、私行くね」と立ち上がった。そして「また、今度」と手を振った。とても柔らかい表情だった。