小説

『ほら吹きの詩』辻川圭(『君死に給うこと勿れ』)

 「人間失格」と僕が言うと、彼女が「ぎゃはは」と笑い「正解」と言った。このどうしようもないやり取りの中で、彼女と通じ合えた気がした。
 「ねえ、じゃあさ。今ここで私が止めても、太宰は自殺をするってこと?」
 彼女は両掌を後ろについて、空を見上げながら言った。
 「多分」
 「そっか」
 「あ」と呟いた彼女は、何かを思いついたような表情で僕を見つめた。
 「ねえ、私に太宰の文章を読ませてよ!もしそれで本当にどうしようもないものだったら自殺すればいいし、私が面白いと思ったら死なないでまた文章を書けるタイミングを待つの。どうせ死んでもいいなら、私に生殺与奪の権を握らせてよ」
 ぽかんと口の開いた僕の返答を待たず、彼女は立ち上がった。
 「じゃあ、また明日、ここで同じ時間に待ち合わせね。ちゃんと文章を持ってくるんだよ」
 背中越しに彼女は手を振った。僕は彼女の背中を目掛けて、「待って」と言った。「何?」と彼女は振り返った。色々と言いたいことはあったが、気付けば僕はこう口にしていた。
 「君の、名前は?」
 彼女は何度か顎先を指で叩き、考えたような表情を見せてから言った。
 「与謝野晶子」
 「冗談だよね」
 「うん、冗談。じゃあね、太宰」
 ビールを飲みながら、彼女は去って行った。

 翌日、彼女改め『与謝野晶子』は廃墟ビルの屋上でビールを飲みながら僕の文章に目を向けていた。晶子は酷く熱心に僕の文章を読んでいた。陳腐な僕の文章は晶子の熱い視線に焼き殺されてしまいそうだ、なんてことを思った。
 「ねえ、ビールを貰ってもいい?」
 「いいよ」と晶子は言った。晶子は今日もコンビニ袋の中に缶ビールを詰め込んでいた。

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