皆が控室に向かう中、私は居心地のいい観客席に座って開幕を待った。幕が上がると、大きなグランドピアノと、三つの楽譜スタンドと三つの折りたたみ椅子が置かれていた。大きな拍手の音で、舞台端から女性と楽器を抱えた私の家族が出てきたことに気付いた。父と母はバイオリンを片手に、兄は両手でチェロを持っている。綺麗に着飾った家族が赤の他人のように見える。皆がそれぞれ席に着くと会場は静まり返った。演奏が始まり四人全員が一つの曲を奏でている様子を見て、兄に感じていた同情心が薄らいだ。まるでピアノを弾くあの女の人が私の代わりに見えた。
兄の受験日が近づくにつれ、兄の日常的なチェロの練習時間は増えた。美術大学で実技デッサンをするように、兄は音楽大学の受験でチェロの演奏をしなければならない。兄の練習時間が増えれば増えるほど、兄は私に悪口を言ったり、すれ違う時にわざと体当たりをしたりした。私はその度に無視することにしていた。私が怪我でもしない限り、両親が気にするなと私にいうことは今までの経験から分かりきっていた。
冬の寒さも厳しい受験日前日の夜、父は兄の為に寿司の宅配を頼んだ。兄がチェロの練習を終えてから久しぶりに、父、母、兄全員が一階に集まりテレビを見ていた。その間私はトイレに行くふりをして、こっそりリビングを抜け出した。
確かに兄には選択肢がなかったのかもしれない。生まれた時からチェロリストになることを強制され、辛かったのかもしれない。兄が素直にそれを打ち明けてくれたら私の気持ちも変わったのかもしれない。でも兄がプロのチェロリストとして幸せになるより、一生両親の操り人形として苦しめばいいという復讐心しか私の胸の内には生まれなかった。