女を招きいれて、戸を閉める。昔老人が使っていた円座を引っ張り出して、埃を払い、囲炉裏端に座らせた。
女の指先は真っ赤だった。歯の根が合わず、がちがちと鳴っている。男は外に出るときの毛皮をかけてやった。
「何か、食べるか。そうは言っても、何もないが……」
「白湯を、ください」
「さ、白湯か」
男は、慌てて鍋に水を注ぐ。
「突然押し入って、申し訳ございません」
女は行儀よく、頭を下げた。
陶器のような肌に、目元に影が落ちるほどの長い睫毛。唇はつばきのように赤い。まるで天から降りてきたかのような女だった。
しかし、男は不思議と彼女に懐かしさを感じていた。一目見れば忘れられないほどの美人のことを、覚えていないはずがない。また、都の人を思わせる気品があった。
こんな娘が、どうして山奥まで来たのだろう。
「ここまでこなくとも、他に家はあったろうに」
「誰も、泊めてくださらなかったのです。今夜はもう凍え死んでしまうかもしれないと、覚悟しておりましたが」
女は疲れきった顔に笑顔をのぞかせる。
「ありがとうございます。あなたは命の恩人です」
澄んだ瞳を向けられて、男はどきりとする。
「私はツユといいます。あなたの、お名前は」
「俺は、藤夫、といいます」
数年ぶりに、自分の名前を口にした。