小説

『シュレーディンガーのうらしま』さかうえさおり(『浦島太郎』)

 通じてくれ。祈るような気持ちで力をこめる。
 竜宮の揺らぎが止まった。
「通じましたよ、芦原さん!」
「ああ」
 有頂天になった俺の眼裏に浮かんだのは、珠子の顔だ。「あなた、やったのね」
 しかし直後、俺たちは凍り付いた。
 美しい建物におよそ似つかわしくない、砲台が現れたのだ。
 珠子と似ている、と思った。嫋(たお)やかな容姿にそぐわない舌鋒。ひとたび口を開けば、火を吹くごとくだった。
「逃げます!」
 家永が慌てて操縦桿を操作する。
 そう早く逃げられるわけはない。
 その時モニターを何かが過った。海亀だ。このままでは、コイツも巻き添えを食ってしまう。俺は潜水艇のアームを伸ばした。
「放っておきましょう! その亀はおかしい! こんな深いところまで、来るはずがないんだ」
 家永を無視してアームで亀を押しやった。
 次の瞬間、光の洪水に包まれた。
     *

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