小説

『シュレーディンガーのうらしま』さかうえさおり(『浦島太郎』)

 海底探索機の内部は狭い。俺の持ち込んだ装置も場所を取っているので、文句を言えた筋合いではないのだが。
「今度こそ見つかるといいですね」
 相棒の家永が呟く。
 二十代後半だが、既に海洋大学の助教授だという。元・大学講師に過ぎない俺に敬語を使ってくれるのは、俺の方がずっと歳上だからだ。
「今日で三度目の正直だ。俺も深海に慣れてきたよ」
「やだなあ、ここはせいぜい深さ一キロですよ」
 笑った家永の袖を、強く引っ張った。モニターに、虹色のドームが映ったからだ。
「竜宮! ついに現れましたね!」
「アレの上に行けるか?」
「試してみます」
 ごくりと唾を飲み込み、家永は俺の希望に沿って竜宮の上へ向かう。
 上から観察した竜宮は、圧巻だった。
 巨大なシャボン玉を思わせるドームの中に、建物が確認出来る。
 清冽な瓦は魚の鱗のように燦き、両端には金の鴟(し)尾(び)が乗っている。
「レーダーに反応があります。ホログラムではなく実体を持っています」
「でも消えかけてるぞ」
 俺の言葉に家永がモニターに齧り付く。折角見つけた獲物が、揺らめきながら儚くなっていく。
「ちくしょう!」
「どいて」
 俺は自作の装置を操作した。量子コンピュータと、スピリチュアルを融合した、世界に一台のコミュニケーションツールだ。
『そこへ行かせてくれよ、乙姫さん』
 装置のレバーを握りしめ、念を送った。これを使えば、超能力のない人間でもテレパシーが使えるはずだ。

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