だが、次第に男の声にいら立ちが加わっていく。潮の香りがした。
「返事をしろ、芳一! 俺と一緒に来るんだ」
俺は思わず返事をしそうになってあわてて口をつぐんだ。
「なんだ。そこにいたのか」
いきなり耳元で低い笑い声がして、潮臭いの息が吹きかかり、俺の両耳がヘッドフォンごとひっつかまれた。
「宙にヘッドフォンが浮いているので妙だと思ったぞ。口がないんじゃライムも踏めないな。耳だけでも持って帰るか」
そのまま恐ろしい力で両耳がぐいっと引っ張られ、激痛が走った。俺は噛み破れるかと思うほど歯を食いしばり、声を立てなかった。
耳がするめのようにぴりりと裂けた。温かい血が首にしたたる。痛みのあまり俺は気を失った。
*
翌朝、佐竹さんが倒れていた俺を見つけて病院にかつぎこんだ。二か月かかったが、傷の痛みはようやく引いた。
耳がなくても音が聞こえないわけじゃない。皮肉なことに、この一件で俺の名は高まった。
俺は今日もストリートで俺の歌を歌う。誰が聴いていてもいなくても、もう関係ない。
頬に潮風を感じながら。