小説

『Hoichi~芳一』八島游舷(『耳なし芳一』(山口県下関市))

「いやですよ。だったら逃げますよ、俺」
「無駄だ。お前のソウルフルな歌が連中を引き寄せた。そして、その歌を歌うお前という存在自体が連中を引き付けるんだ」
「そんな……」
「俺もなんとかしてやりたいよ。だが、わりいな、今晩ははどうしても法事に外出しなくちゃいけない。一時しのぎにしか過ぎないがこれを貼っておいてやろう」
 佐竹さんは、俺にマッパになるように言って、シールか湿布のようなものを、剃った頭からつま先まで、俺の全身に何枚も張り付けはじめた。
「お経が書かれているから連中の目からは見えなくなる。明日はここにいて、何が起きても決して声を立てず、身動きもするなよ」
 そして夜が来た。俺はいつものように一人で《アミダ》にいるしかなかった。マッパで。エアコンの温度は上げているが、どうも寒気がして体の震えが止まらない。
 今夜は店は閉めているが、男が迎えに来るとしたらそんなこと気にしないだろう。
 怖さもあるが、何もせずにただ待つのは耐えられない。俺はいつものようにオーバーヘッド型のヘッドフォンを掛けてライムスター宇多丸さんのライムを聞き始めた。これが一番落ち着く。
 ……しばらくうとうとしてたらしい。
 いきなり、店内にしゃがれ声の男の声が響いた。
「芳一!」
 俺はびくりと体を震わせた。やはり来たのだ。
「芳一……どこにいる?」あたりを歩き回っているが、俺の姿は本当に見えないらしい。俺は安どのため息を漏らした。

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