瀬戸際で感情が蘇り、私の雪女のような体で夫を温められたらいいのにと、切に望みました。夫は洞穴を落ちるように死んでいき、体をつん裂く悲しみに、心が吠えました。
酒蔵は清次さんが継ぎました。
私は婚家を追われ、清次さんは引き留める素振りを見せましたけれど、周囲の圧力に勝てる程強くはありませんでした。
私も留まる気はありませんでした。
あの人が心と体の一部を持っていき、空いた穴に清次さんの入る隙はなかったのです。
夫が居たから清次さんを好きになったのだと、初めて気づきました。
夫に似た体と声に抱かれたかっただけだと。
その逆はなかっただろうとも、気づいたのでした。
私が愛したのは夫。でも、愛してくれたのはどちらだったのでしょう。
体を顧みず好きな酒を飲んで、他の女にも果実のような笑顔を向けたあの人と。
煙草も酒も嗜まず、ただ穏やかに寄り添ってくれた清次さんと。
私の脳は蕩けてしまい、もう分からない。
「高橋さん、お部屋に戻りますか?」
誰を呼んだの?若い女の声。夫の浮気相手かしら。返事なんてするものですか。
夫・・夫の名前は何て云ったかしら。
「聞こえてないのかしらね」
「まだちょっと時間があるから、後でまた声を掛けて」
「分かりました」