小説

『しんしんと。』裏木戸夕暮(『三好達治詩集「測量船」より「雪」)

「あの、私姪です。確かに叔母の若い頃には似てると言われますけど」
「あら。失礼しました」
「それに叔母はずっと独身でしたが・・・」
「え?」
「叔母は、私の父の妹です。私は結婚してますけど、たまたま相手が同じ苗字だったので高橋のままで。紛らわしいですよね、すみません」
 スタッフが一冊のノートを取り出す。
「でも日記に。ご主人がどんな方で、どこへ引っ越してとか、具体的に」
「それ・・多分創作ノートです。同じデザインのものが何冊もあります。叔母は、小説を書く人で」
「創作?」
「ちょっと失礼」
 姪の女性がノートに手を伸ばした。

「叔母は小学校の教師をしてました」
 ページを捲りながら女性が話し始める。
「学校ってブラックでしょう。体を壊して休職している間に同居の母親が認知症になり、介護生活になったそうです」
 悔やむ顔をする。
「私の父は早くに亡くなっていて。私も遠方に嫁いだので、叔母の手助けをしてやれなかった。ヘルパーさんも頼んでいたようですが、大変だったと思います。結婚どころか恋愛も・・あ、でも」
 顔を上げる。
「一度、断捨離するからって片付けを手伝ったんですけど、その中に男物の厚手のコートがあって。最初は祖父のものかと思ったのですが、随分と大きくて。祖父は小柄な人だったんですよ」
 姪はノートに視線を落とす。
「・・・少なくとも、恋はしたのでしょうか。結婚はしなかったとしても」

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