小説

『しんしんと。』裏木戸夕暮(『三好達治詩集「測量船」より「雪」)

 老婆は夢を見ていた。誰かが、何処かへ行こうと手を伸ばしている。
(誰・・・?)
 唇が僅かに微笑んだ。

 しんしんと 想い出が降る。
 やわらかく こころで融ける。
 恋心は脆く儚く。そして時に、根雪のように消えはしない。物悲しい程に。
 まっしろな雪の下は、虚構か現実か。

 指の隙間から一葉の写真が落ちた。枯れた腕が床へ垂れる。

 
 恋心よ
   しずかに
      眠れ。

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