小説

『しんしんと。』裏木戸夕暮(『三好達治詩集「測量船」より「雪」)

 私たちは結婚し、夫の故郷へと移り住みました。
 言葉も道ゆく人の顔立ちも違う異国のような土地で、夫だけを頼りに暮らしました。
 北海道でも本州でも、四国でも沖縄でもなく、九州には男児という言葉がよく似合う。
 陽気で朗らかなあの人は、単純で短気な亭主関白になりました。
 夫の実家は酒蔵で、酒と女の付き合いが多くありました。夫が他の女を温める一方で私の心身は冷えました。それでも私は、陽だまりを待つことには慣れていました。
 北国の生まれなので。

 旧い土地では、子どもの出来ぬ私は責められ、宴席で酔った親族などは、外で作って来いと夫を囃し立てました。そんな境遇の中で優しかったのが夫の弟です。
「今どきそんな事言うなよ。女の人は、子どもを作る道具じゃないんだから」
 穏やかで地味な人でしたが、考えは田舎に似合わず新しいものを持っていて、その為に周囲から少し浮いている人でしたが、その事にも私は惹かれました。
「清次さん、ありがとう」
 小さな声でお礼を言う私の肩を、そっと抱いてくれました。
 私たちの仲は密かに深まりました。このままこの道を行きたいと思った頃に、夫が病で倒れたのです。

 あんなに頑健な人が気弱になっていき。大人しくなっていき。
「とうとう、お前の国の雪景色を見られなかったなぁ」
 萎れた声で言いました。
 私と夫は病室のベッドの上で、タブレットの画面に頬を寄せながら、人工の雪景色を眺めました。画面の中の山の名を教え、この先に母校があるのだと、動画を見せながら無理に笑いました。
「元気になったら行こうよ」
などと嘘はつけずに。

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