小説

『しんしんと。』裏木戸夕暮(『三好達治詩集「測量船」より「雪」)

 判明したのは肝臓の癌でした。
 枯れ葉が地面に落ちる瞬間を見て、自分は死ぬのだと思いました。

 日記を整理しておりますと若い頃が偲ばれます。時の端切れを繋ぎ合わせるパッチワークのような、他の誰の役にも立たない作業に残りの人生を捧げております。
 今日も端切れを拾います。
「天鵞絨(びろうど)のようだ」
 雪原を見てあの人は言ったのでした。

 私とあの人は学生の頃に知り合いました。
 同じ学部で集まった居酒屋で、あの人は賑わいの中心で盛り上がり、私は片隅で少しずつ酒を舐めていました。
「俺、布団のように積もった雪の上に飛び込んでみたいなぁ」
 陽気なあの人に
「やめた方がいいよ。綺麗に見えても、下に何が埋まっているか分からない」
 私は冷たく言い放ちました。周囲がしんとしました。
(やってしまった)
 空気を読まない私は失言を恥じ入りましたが、
「あっはっは、分かったやめとく。高橋ってどこの出身?」
 南国生まれのあの人は果実のような笑顔で言いました。
 私は北国の生まれ。

1 2 3 4 5 6 7