青年の名前は橘実月。那月さんの孫で、今はこの喫茶店のマスターということだった。
那月さんが始めた喫茶店を、娘である実月さんのお母さんが継いで、でもそのお母さんが亡くなられて、五年前からは実月さんがやっているのだそうだ。
「那月さんは、今は」私の問いに、実月さんは首を振った。
「もう二十年ほど前です」
看板をクローズドにして、卓上のダムカードと婚姻届を前に、実月さんは私にたずねた。
「伯父さんは、どんな方でしたか?」
「そうですね…」写真を持ってくればよかった。そのときになって初めて思った。
あるいは母を連れてくればよかった。
「いつも原付に乗っていて…あ、もうずいぶん前のことですが」
「はい」
「林檎ジュースが好きで、ダムが好き、だったらしいのですが、すいません、私はよく知らなくて」
「はい」
「親指の先がこう…何ていうか少し短くて」
「来られていましたよ」
「え?」
「この店に」
「は?」
「この間…といってももう三か月くらい前でしょうか…いつもタクシーで」
「タクシーで?」
「そう。帰りもタクシーで。林檎ジュースを注文されて」林檎ジュースとミックスサンド、それが伯父のいつものメニューだったらしい。
「月に1回くらいかな…でも欠かさず。おかげで林檎ジュースの種類に詳しくなりました」