小説

『白蝶』木戸流樹(『鶴の恩返し』)

 約束どおり次の日も稽古のあと、公園へ行った。青年はベンチに座って待っていた。
「稽古お疲れ様。」
「ありがと。」
「ほんとうに疲れてるね。」
「もう辞めようかずっと迷ってるの。」
「バレエ、好きじゃないの?」
「……好き。大好き。だから……。」
言葉にした瞬間、涙が溢れてきた。本当に、好きなんだ。好きじゃなかったらもっと簡単に離れられるのに。収入も良くないし、仕事として執着する必要なんてないのに。でもやっぱり本当は、主役として舞台に立ちたい。それが私の憧れだから。バレエと、それを目指している自分が好きだから。
「ねえ、よかったらバレエの飛び方、見せてよ。」
私は一息ついて、次のオーディションで演じるパートをやってみせた。
 足が上がらない。体が硬くなっているのを実感する。なんとか演じ終える。拍手が聞こえる。
「すごくよかった。」
「うそつけ。」
「確かにぎこちないけど、一生懸命だった。」
一生懸命だとか頑張ってるとか、そんなことはオーディションには関係が無い。けれど、どんな形であれ、自分の演技が認められるのは素直に嬉しかった。
「じゃあ、今日は柔らかく飛ぶ練習をしよう。」

 翌日は久しぶりに稽古でタオルを使った。そしてまた、あの公園に行く。その次の日も、次の日も。たった数日だけど、本気で練習し始めると勘を取り戻し始めた。積み重ねてきたものは、完全には失われていなかった。勘が戻ってくるにつれて、あの頃みたいにバレエが楽しくなる。いよいよオーディションは3日後に迫っていた。
 その日の帰り、ふと青年に聞いてみた。
「なんで毎日練習に付き合ってくれるの?」
「……恩返し、かな。」
そう言い残すと青年は、私が何かを言う前に足早に帰っていった。

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