小説

『再×n配達』秦大地(『走れメロス』)

「えっと、あ、あの、今日このあと……荷物を受け取らないといけなくて、それで……」
「えー、なんだよ、もう帰んのかよ?」高橋先輩が赤ら顔で言う。
「はい……すみません。鳴海先輩もせっかく来てくれたのに……」
「いいよいいよ、荷物が来るんだったら帰らないと」
 おお、なんと優しき鳴海先輩。私が篤実な男であると知っているから、約束を果たせるよう、笑顔で送り出してくれているのだ。
「ありがとうございます。次は必ず最後までいられるようにします」
 津島は財布から3,000円を取り出してテーブルに置くと、店を後にした。早足で駅まで歩き、ちょうどよくホームに入ってきた電車に飛び乗る。万事うまく運んでいる。少なくともこの時点まではそのはずであった。しかし、幸運にも空いていた席に座ったことで、津島はうとうととし始めてしまった。
 ふと目を覚ますと、津島は一駅乗り過ごしていた。慌てて電車から降りる。しまった、寝過ごしたか。反対方面の電車は……。津島は電光掲示板を確認したが、残念ながらすぐには来ないらしい。でも大丈夫だ。ここからなら、一駅戻らずとも、走って家に帰ることができる。きっとその方が早い。そして今日こそは、配達員にありがとうと伝えるのだ。津島は意気揚々と改札をくぐると、勢いよく走り出した。
 大学に入ってからすっかり怠惰な生活になってしまっていた津島は、駅から1.5キロあまりの道を走るだけでもつらかった。幾度か立ち止まりそうになった。それでも自分を叱咤し、奮い立たせて家を目指した。
 できることなら、配達員に電話をして、もうすぐ帰り着くと伝えてやりたい。津島は今に着く。だからそこで待っていてほしい。しかし、津島のスマホは津島より先に事切れていた。電源ボタンを押しても、うんともすんとも言わない。これでは配達員に電話をすることなどできなかった。こんな時にモバイルバッテリーでもあればいいのだが……。それを受け取るためにモバイルバッテリーが必要な状況に追いやられるとは、なんたる運命の皮肉だろうか。
 津島はもう限界だった。息を整えるためにしばし歩く。その後も、少し走ってはすぐにバテて歩くというのを繰り返し、ついにはまったく走れなくなってしまった。自分がひどく情けなかった。もうどうでもいいという、ふて腐れた思いが心の隅に巣喰った。私はこんなに頑張った。約束を破ってやろうなどとは微塵も思わなかった。現にここまで、もう走れなくなるまで走ってきたのだ。

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