小説

『再×n配達』秦大地(『走れメロス』)

 本当に飲み会に戻ってやろうか。うん、それがいい。津島は考えた。まだ同じ店で飲んでいるだろうか。それとももう2軒目に移っただろうか。LINEで聞いてみよう。そう思ってスマホを取り出すも、そうだった、スマホの充電が切れていたのだった。紛れもなく、今の津島にはモバイルバッテリーが必要であった。
 不思議なことに、あれだけ疲れ切っていた津島の身体に、みるみる活力が漲(みなぎ)りだした。それはファミチキのおかげかもしれぬし、あるいは鳴海先輩への恋情からかもしれなかったが、理由などどちらでもよかった。モバイルバッテリーを受け取ろう。飲み会に戻るかどうかはそのあとで考えればいい。とにもかくにも、今の私の最も必要なものはモバイルバッテリーなのだ。
 もうすっかり日が暮れ、街灯だけが夜道を照らす住宅街を、大学生の男が全速力で駆け抜けていった。帰り際のサラリーマンや犬を連れた女性が、不審な目をこちらに向けるのがわかった。
 しかし、津島は他人の目など、もはや気にしなかった。どう思われてもいい。みっともなくても、気味悪がられてもかまわない。ただモバイルバッテリーを受け取るために、今度こそ配達員に出逢うために、私はなりふりかまわず走るのだ。
 津島は腕を大きく振って、力強く走った。大丈夫。まだ間に合う。走れ! 私が部屋で待ち構えているものと、少しも疑わず期待してくれている人がいるのだ。私は信じられている。私の肺などは問題ではない。2万円したシャツが汗まみれになることも問題ではない。私はその信頼に報いなければならない。だから今はただ、走れ!
 先ほどの悪魔のささやきは、あんなのはまやかしだ。疲れているときは誰だって悪魔にそそのかされてしまうものだ。だが、私は違う。甘い誘惑を断ち切り、こうしてまた走り出したのだから。誇っていい。私は強い人間だ。忠実で、篤厚(とっこう)な人間だ。母さんにも昔から「お前は嘘をつけない人間だ」と言われて育った。そうだ、その通りだ。ああ、私はどこまでも清らかに生きたい!

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