小説

『再×n配達』秦大地(『走れメロス』)

 津島の脳は高速で回転を始めた。場所は大学の近くの居酒屋。ここからドア・トゥ・ドアで50分ほどである。飲み会のスタートは18時。いたって健全な時間帯だ。対して再配達の時間指定は20時~21時。いける。可能である。1時間ほどであれば参加することができる。津島は一番良いシャツを着ると、財布をポケットに入れ、嬉々として玄関の戸を開け放った。
 店に着くと高橋先輩と他の数名がもう先に着いて酒を飲み始めていた。津島が「とりあえず生で」と言うと、すぐに琥珀色の液体が注がれたジョッキが運ばれてきた。
「おつかれ~」と高橋先輩が音頭を取る。ビールジョッキをぶつけ、一気に半分飲み干した。
 しかし、そこに鳴海先輩の姿はなかった。聞けば鳴海先輩は参加が遅れるそうだ。一抹の不安がよぎった。
 酒のおかわりは次々と運ばれてくるが、鳴海先輩は一向に到着する気配を見せなかった。刻々と時間が過ぎていく。津島は気が気でなかった。あと30分で出なければならない。あと20分。ああ、あと10分……。
 もうそろそろ帰らねばならない、そう切り出そうとしたところで、鳴海先輩が到着した。
「お待たせ~」
 鳴海先輩は今日はポニーテールだった。いつもはウェーブのかかった黒髪をふわりと肩にかけているが、ポニーテールだと首筋の美しい輪郭がはっきりと見えて、思わずドキリとした。
 鳴海先輩のカシスオレンジが届くと、もう一度乾杯をした。鳴海先輩が話すと、皆笑顔で相槌を打った。笑いの絶えない楽しい時間であった。
 津島は、一生このままここにいたいと思った。この麗しい人と、優しい人たちと永遠(とわ)に一緒にいられたらと願ったが、無惨にもタイムリミットが訪れた。
 少しでも長くこの居酒屋にとどまっていたかった。あわよくば席替えをして鳴海先輩の隣に座りたかった。津島にも当然未練というものはある。しかし、津島は立ち上がると一同に言い放った。

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