小説

『再×n配達』秦大地(『走れメロス』)

 鉛のように重い自己嫌悪が津島にのしかかった。途中で諦めるのは、はじめから何もしないのと同じだ。津島は自分を痛罵した。なにもかもがどうでもよくなった。私は所詮弱い人間なのだ。配達員よ、許してくれ。君はいつでも私を信じた。私を信じて何度も家を訪ねてくれた。今だって、君は私に会おうと車を走らせているだろう。いや、ひょっとしたらもう玄関まで先にたどり着いているかもしれない。
 駅の時計をちらりと見た時には、もう夜の8時になろうかという時間であった。悔しい。津島は悔しかった。本来であれば配達の時間には準備万端で家に待機しておくべきものを……。
 いっそ戻ってしまえ、悪魔がそう耳元で囁いた。今戻れば鳴海先輩とまた話すことができる。鳴海先輩の横に座るチャンスだってある。まだこの時間だから、2次会もあるかもしれない。荷物は帰ってすぐ受け取れたことにすればいい。引き返せ。鳴海先輩が待っているぞ。お前は今日のような飲み会を目当てにこのサークルに入ったのではなかったか。
 疲労困憊した津島は、家まであと600mほどを残したところで、交叉点にあるファミリーマートにするすると吸い寄せられてしまった。そうしてファミチキを一つ買って店から出てくると、とぼとぼと歩きながらファミチキを貪(むさぼ)った。
 配達員よ、私は走ったのだ。君を欺くつもりは微塵もなかった。信じてくれ! 私は鳴海先輩のいる飲み会を途中で抜けてきた。電車で寝過ごして一駅先の駅に降りてしまったが、それでも君に会うため、そこから走ったのだ。
 しかし、もうこれ以上は望まないでくれたまえ。もう私は限界だ。もう、どうでもいいのだ。私は負けたのだ。だらしがない。笑ってくれ。
 ああ、もういっそクズとして生きていこうか。正義だの、再配達だの、時間指定だの、考えてみればくだらない。人を走らせ自分は楽する、それがこの世の理(ことわり)ではなかったか。ああ、何もかも馬鹿馬鹿しい。私は醜い裏切り者だ。もう、なるようになればいい。最後の一口を食べ終えると、津島はファミチキの入っていた袋を、人目を忍んで道に捨てた。

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