目論見通り、少女は二個入りのショートケーキに食いついた。これで釣って、少女を再び山へと連れ去るつもりだった。
「やだ」
「は?」
だが少女は頑なに頭を振った。予想を覆す返答に、老婆は思わず首を捻った。
「どうしてだい? ショートケーキは嫌いかえ?」
「ううん」
「じゃあ、どうして?」
理解がまるで追いつかない。老婆は眉間に皺を寄せたが、これはイカンと取り繕って、目を細めることでごまかした。
いけない。食べるまでの辛抱だ。ここで素を見せたら負けだ。
「だってえ、ミルクがないんだもん」
「ハアァ?」
ドスの利いた低音が漏れたため、老婆はハッとして口を塞いだ。が、少女は全く意に介しちゃいない。それどころか少女は饒舌に語り出した。
「おスシにはお茶、ピザにはコーラ、おまんじゅうには抹茶、ショートケーキにはミルク! 食べ物と飲み物には仲良しさんがいるの。しんゆう同士じゃないと、すぐにケンカしちゃうんだから! そんなことも知らないの、おばあさん」
「分かったから、しぃっ、しぃ!」
人差し指を鼻に付けて、慌てて少女に合図をした。
「あんまり大きな声を出すと、ご近所迷惑になっちまうからね」
「だれのメイワクになるっていうの? イミわかんない。そんなことより! 私が今からミルクを買ってくるから、ここで大人しく待っててね、おばあさん」
「ちょいと待ちな」
老婆の手をすり抜けて、少女はコンビニへと走っていった。老婆は呆気にとられていたが、先程見たタワーマンションを思い返し、少女の育ちの良さに気が付いた。
「なんて厄介な娘だこと」
しばらくして少女は袋を携えて、老婆の元へ帰ってきた。陰り一つない笑顔で、
「はい、おばあさんの分!」