小説

『山姥の晩餐』遊城日華莉(『三枚のお札』)

 差し出された紙パックのミルクを老婆は渋々受け取った。この娘の五倍は生きている儂でさえ、銭を貯めるため、袋を貰わなかったというのに。
「ありがとう、お嬢ちゃん」
 愛想笑いを浮かべながら、紙パックの上縁に付属のストローを突き刺した。
「これで苺のショートケーキがもっと美味しくなるのかえ?」
「そーだよー」
「お嬢ちゃんは物知りだねえ」
「知らなかったの? この辺じゃ、じょーしきだよ」
 ぶった物言いにむかっ腹が立ったが、背に腹は代えられない。手が止まった老婆を差し置いて、先にミルクを啜ったのは少女の方だった。ミルクを流し込む小さな喉に老婆はゴクリと唾を飲んだ。
 ああ、噛み千切りたい。
 興奮を抑え付けるように、老婆もミルクを吸い上げる。ゴクリ、またゴクリ。
 ゴクリ。
 老婆の顎から雫が垂れた。
 ポタリ。
「ちゃんと飲まなきゃ、こぼれて、る」
 初めはミルクが口の端から垂れているのかと思った。でもそれはミルクではなく、ミルクの色をした、しょっぱい液体であることに少女は気付いた。
 少女は子供ながらに空気を察し、ぎゅっと唇を真一文字に結んだ。老婆はしとしとと雫を落としながら、かつての記憶を思い出していた。
 老婆がまだ赤子だった頃の記憶だ。母親に抱きかかえられて、あの山にやって来た。彼女がミルクをせがんで泣き出すも、母親は頬を強く殴った。叩いた。地面に落として、強く腹を蹴った。彼女はもっと泣き喚いた。
 うえん、うえん、わあん、わあん。
 しかし母親の心は既になかった。

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