小説

『滑りたおす』香久山ゆみ(『雪女』)

 決死の覚悟の告白はあっさり振られて、私は羞恥で「絶対誰にも言わないで」と言った。いつもより少しだけ短くしたスカート丈からかさかさの膝小僧が見えていた。スポーツ刈りの巳野くんは「言わない」と答えた。なのに、こんな簡単に言っちゃうんだ。
 せっかくの同窓会だったけれど、今も連絡をとっている中学時代の友人などいなかったから、終始居心地は悪かった。それでも顔を出したのは、寂しかったからだ。
 ぐるぐるとリンクを回りながらそんなことを思い返す。
 中学の卒業式、好きだとは言えなくて彼をスケートに誘った。「二人で?」と訊かれて、黙って頷いた。それが私の告白だった。けれど振られたから、結局スケートには行かなかった。その時はただかなしかった。けれど、先日の同窓会で悔しい思いが湧いてきた。あの時スケートに行けなかったこと。
 独身で子供もいない私は、放っておいたら今後スケートする機会などないだろう。齢をとって体が動かなくなれば尚更だ。どうしても今行かねばと思った。
「由紀子、スケート行くか?」
 高校受験が終わった祝いにと、遊園地で冬季開設されるアイススケートリンクのチケットを二枚、父が差し出した。「ありがとう、友達と行くね」と受け取ったチケットを、結局私は無駄にした。
 男手一つで私を育てる父とは、休日にもあまり遊びに出掛けた思い出がない。小学生の頃、何のきっかけだったのか珍しく郊外のスケートリンクに何度か連れて行ってもらったのが嬉しくて、幼い私は「またスケートしたいな」と繰り返し言っていた。父は、きっと私と一緒に行くためにチケットを用意した。なのに、素知らぬふりで私はチケットを二枚とも貰った。たぶん、父も私が男の子を誘おうとしていることに気付いていただろうけれど、何も言わなかった。
 どうして、彼に振られたあと、父に一緒に行こうと言わなかったのだろう。せめて友人を誘えばよかった。一人でも行けばよかった。忙しい父がせっかく用意してくれたチケットなのに。
 もう何周しただろう、少し調子が出てきたと思って、スピードを上げようと前のめりに氷を蹴るたびにバランスを崩しそうになる。仕方がないのでただ同じペースで回り続ける。
 そんな父が闘病の末亡くなったのが、昨年のことだ。
 毎日のように見舞いに顔を出す私に、父は申し訳なさそうな顔をした。申し訳ないのは私の方だ。ろくに親孝行もしなかった。孫の顔も見せられないし、いつまでも独り身で。この期に及んで、娘の行く末を心配させることが情けなかった。

1 2 3 4