小説

『滑りたおす』香久山ゆみ(『雪女』)

 そのような調子で三周程滑っているうちに、感覚を取り戻したとまではいかぬが、徐々に滑りも安定してきた。幼い頃は父と氷上で鬼ごっこしたな、などと思うが、一人だとただぐるぐると周回し続けるほかない。
 余裕が出てきて周囲の様子を窺う。誰も私のことなど気にしていない。各々練習に打ち込んでいる。こんな間近で上手な子達の滑りを見られるのは贅沢かもしれないなあ、なんて視線を上げて油断するたびにバランスを崩して転びそうになる。だからなるべく集中して前を見て滑り続ける。天井に近い壁には大きく「左回り厳守」の貼紙がされている。スケートリンクも陸上トラックと同じように左回りなんだな。心臓に負担を掛けないようにするためだったか、運動をしてこなかった私には分からない。ただ、時計と反対周りなんだなと思う。我ながら何をこんなに真剣にと思うほど、ストイックにぐるぐるぐるぐる反時計回りにリンクを滑る。そうして時間も戻ればいいのに。
 先日、中学の同窓会があった。今まで参加したことなんてなかったけれど、初めて参加した。
 出席した女子で姓が変わっていないのは、私ともう一人だけだった。彼女は引締まった体にバッチリメイクをしてハイブランドに身を包んでおり、自然と男性陣に囲まれていた。男子も女子も薬指に指輪をしていない人もちらほらいて、普段からそうなのか今日はあえて外してきたのか。巳野くんもしていなかった。目敏くそれを見つけた自分が嫌だった。
 ハイブランドな彼女を取巻く輪にさり気なく近付いた。
「おう、久しぶり」
 巳野くんが気付いて笑顔を向けてくれた。けれど、その笑顔は営業マンのそれで、旧知に向けたものではない。私が名乗ると、「ああ!」と言ったけれど、すぐにはぴんとこなかったようで、しばらくしてようやく思い至ったのか時間差でまた「ああ!」と声を上げた。
「あの時は悪かったな!」
 と言って、ちらと彼女の方に視線を向ける。無駄に大きな声に、彼女達もこちらを向く。
「ほら、卒業式にさ、告白してくれただろ。二人でスケート行こうって。断って悪かったなって」
 巳野くんが全然悪いと思っていなさそうに笑う。顔が赤い。大分飲んでいるのだろうか。「もう昔の話だし、いいよ」と返した私の顔は白い。男子達に少しからかわれたものの、適当にかわして輪を抜けた。
 彼が話した武勇伝は、特に彼女の気を引くこともなかった。ただ私を静かに傷つけただけだった。

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