「この辺じゃあ、タケヤマで一番恐ろしいのはあの婆さんだって言われてんのよ。少し前まで経営トップだったし……でもまあ、トシ取ってから物忘れがひどくなるとか性格が丸くなるとか、たまにあるのかもね」
婆さんの顔を思い出す。どこからみても善人を絵に描いたようだった。
「例えばさ」娘がささやき声で一歩近づき、俺は一歩後退る。
「若い男の人を見るたびに、死んだ孫だと勘違いするとか」
「死んだ?」
娘が笑う。無邪気な年相応の笑いだったが、背筋が凍った。
「アニキは詐欺で指名手配中に亡くなったんだ、三年前」
―― それは持って行っていいから、二度と来んな。
そう言い捨てて、少女はちょうど来たバスに飛び乗って帰っていった。
帰りの電車内、貰った黒い包み、上側をそっと開けてみた。
新聞紙にグルグル巻きにされた、屋根瓦が一枚。ヘリがのぞいていた。
白い封筒が見えたので、引っぱり出してみる。中には手紙が入っていた。
短い文面だ。
「ショウちゃん 今度こそ まっとうに働いてね」
―― 案外あの婆さんも、まともだったのかも知れないな。
頭を上げると目の前の車窓、黒い背景の中に、悪人でも善人でもない宙ぶらりんの俺の顔がぽっかりと浮かび上がっていた。