小説

『夕顔とふうせんかずら』菅野むう(『源氏物語』より「夕顔」)

 あたしはぶんぶんと首を振ってうなずくと、自分も冷蔵庫から缶ビールを取って、グラスに注いだ。「イケメンがうちにいると、落ち着かないよ」
 あたしがそう言うと、夕子は弾けるように大笑いした。
「まあ、確かにイケメンで、頭もすごくいいしね。でもなんというか、そういうことよりも、なんか可愛いやつでさ」
 夕子はビールをぐいっとあおった。「私がこんなだから、一緒にいて楽なんだよね。何かを求められることはないし、男をアピールされることもないし」
 夕子の話を、あたしは難しい顔をして聞いていた。ふうん、そういうものなのか。でも、あたしには、一生縁のない感覚だ。どう返事をしていいかもわからず、あたしはきんぴらごぼうをバリバリと噛んだ。

 次の日、玄は昼からやってきた。いつも和良さんに作ってもらってばかりでは悪いから、とデパートの地下で色々と惣菜を買ってきた。それらはペンネアラビアータだったり、海老とクリームチーズの生春巻きだったり、大粒の豚肉のシューマイだったりと、料理の種類に完全に一貫性を欠いていた。持参の酒は、夕子が好きな銘柄のビールとイタリアの白ワインで、スイーツは栗入りどら焼きだった。
「これ、どういう選択なの?」とあたしは好奇心が勝って、つい訊いてしまった。
 玄も珍しくあたしに話しかけられて、えっ、という顔をしたが、
「俺の美味いものシリーズです」とにっこり笑った。
「さすが、いつも色々食べてるだけあるね」と、夕子が脇から口を挟んだ。「ナイスチョイス! えらいね、玄、ほめてつかわす」
 夕子はそう言って、玄の頭を撫でた。
「夕子さん、殿さまー」と言って、玄は目を細めた。
 そんな二人のやり取りを見て、あたしは鼻白んだ。「夕ちゃん、グラスと取り皿出して」と言いながら、あたしは昨夜の残り物のおかずを全部、冷蔵庫から取り出した。そして、居間のちゃぶ台にどんどん並べていった。

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