小説

『夕顔とふうせんかずら』菅野むう(『源氏物語』より「夕顔」)

 うちもあばら屋だけど——あたしは独りごちた——うちの「夕顔」は、家にいない。夕子は前世が「夕顔」で、あまりに不幸なラストを迎えたから、今生では元気いっぱい、外に出ずっぱりの人生を送るのかしら? あたしは想像して、ふふっと笑った。「夕顔」はフィクション、あたしたちはリアル。夕子は庭に繁る草木が何なのか知らないし、この夏、あたしが自生の夕顔の隣にふうせんかずらをひっそり植えたことも知らないに違いない。

「いつもご馳走になってすみません。俺、和良(かずら)さんの作る飯、すごくほっこりして好きです」
 そう言ったのは、夕子の現在の恋人である日向野玄(ひかのげん)だった。夕子は週末の昼すぎ、自分の仕事や遊びの予定がない時に、玄を家に連れて来た。そして、あたしが作るおかずをつまみに、夕子と玄が買ってきたビールやワインを三人で夜遅くまでだらだらと飲んで過ごした。二人がどのようにして知り合ったのか、あたしは特に詮索しなかったし、夕子も何も言わなかった。二人が居間のちゃぶ台でくつろいで、とりとめもなく話すのを、あたしが隣のダイニングの椅子に座って聞く、というのが定番のスタイルだった。
 玄は、とにかく見た目が良かった。すらっと背が高いが痩せすぎではなく、全身に筋肉がバランスよくついて、無駄のない体つきをしていた。顔は細面で鼻筋が通り、アーモンドの形をした目の奥は、深い鳶色をしていた。年は夕子より下らしいが世慣れした雰囲気で、人見知りで疑り深いあたしのことを気にする様子もなく、いつの間にか、我が「中条家」にいるのが当たり前になっていたのだった。
 あたしは夕子に玄のどこが好きなのか、何度となく尋ねた。その度に、夕子はうーんと考えながら、「まあ、悪いやつじゃないよ」と答えるだけで、その話題が深掘りされることはなかった。とはいえ、家ではあたしがごはんを作って、三人で食べるのだ。夕子が玄のどこに惹かれているのか、あたしには知る権利がある。あたしはその考えに固執した。
 金曜の夜、「明日も玄が来るから、なんか美味しいもの食べよう!」と夕子が風呂上がりにダイニングで残り物のきんぴらごぼうをつまみに缶ビールを開けながら言った時も、あたしは同じ質問をした。
「和ちゃん、またその話題?」と夕子は笑った。夕子の笑いは屈託がない。そして、仕事用にばっちりメイクをした時よりも、今のようにすっぴんで、艶のあるロングヘアを手ぐしでかく姿のほうが、妹のあたしでも見とれてしまうほど断然、綺麗だった。

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