小説

『夕顔とふうせんかずら』菅野むう(『源氏物語』より「夕顔」)

 玄はいつしかあたしの横に立って、一緒にちゃぶ台の上を整えていた。どこにしまっていたのか記憶にない白うさぎの箸置きを引っ張り出してきて、その上に箸を置いた。そして、自分で買ってきた色とりどりの惣菜を、綺麗に皿に盛り付けた。家に来た早々、冷凍庫に入れてさっと冷やした缶ビールを取り出して、夕子が雑に並べたグラスに泡立ちよく注いでいった。
「昼から、ご馳走ですね」と玄は弾んだ声を上げた。
「いやあ、これは飲むしかないでしょ」と、夕子は乾杯する前から、ビールのグラスを空ける勢いだった。
 ビールで乾杯をすませると、あたしは自分で作った残り物のおかずを、もそもそと食べ始めた。夕子は早速、玄の買ってきた生春巻きに箸を伸ばして「ビールに合うわあ」とご満悦だった。玄はそんなあたしたちを見て「ゆっくり、食べよう」と微笑んだ。そして、あたし手製のぬか漬けの茄子をつまんだ。
 缶ビールを次々に空けて、白ワインに移ろうかという頃には、あたしも気が緩んで、玄のシューマイをぱくついていた。夕子は少なくともビールを3缶は空けていたが、酔った様子もなく、「どこかにチーズあったよねえ」と台所の物入れをごそごそとあさっていた。
「夕子さん、なんかスマホが鳴ってるよ」
 玄がスマホの呼び出し音に気がついた。夕子は飛んできて画面を見ると、「あちゃ、何かあったかな」と呟いた。
 夕子はしばらく電話で話していたが、仕事のトラブルで急な呼び出しといって、さっさと支度を始めた。ちゃぶ台の上には抜栓済みの冷えた白ワインと食べ物が半分ほど残っていたが、夕子は「二人で食べちゃってね」と言うと、スーツに着替えてあっという間に出て行ってしまった。
 玄は、いってらっしゃい、と言って、のんびりとペンネを食べていた。
「ワインは、夕子が帰るまでしまっておこうか」
 あたしは急に落ち着きを失い、思わず立ち上がった。
 玄は、そうしようか、と言いながら、秋になりかけの明るい陽が差し込む窓の方を見やった。「和良さんの、庭を見ていいかな」
 玄がそんなことを言うのは、初めてだった。古ぼけた家の、手入れの行き届かない庭に玄のような若い男が興味を持つとはとても思えなかった。それでも、あたしはつい嬉しくなり、「いいよ」と、庭に続く居間の大きな窓を開けた。

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