その夜、わたしはこれからただ寝るだけだというのに、念入りに髪をとかし、新品のパジャマを着て、かなり早い時間から布団の中で待機した。
のちの夫になる葦原の中つ国の推し神は、約束の時間ぴったりに、わたしの夢の中に現れた。
わたしはあまりに感激しすぎて金縛りになり、許された時間の半分は、口もきけずにただ呆然として過ごしてしまった。ようやく口がきけるようになってからも緊張しすぎていて、結局、何を話したのかあまり記憶にない。
だがそのイベントのあとで、夫はわたしの何が気にいったものやら、夢を通じて直接、連絡をくれるようになった。
デートは人目をしのんでもっぱら夢の中だったが、たまに夫が祀られているお社に行ったりすると、さりげなく白い布のみとばりを風でフワリとめくりあげて合図をしてくれたりするのが、いかにも秘密の恋めいていて楽しかった。
そして神業界の例にもれず、いよいよ専業では食べていくのが苦しくなった夫が、バイトで人間も兼業していこうと決心したタイミングで、わたしたちは結婚することにしたのだ。
ついに、あこがれの推し婚生活の始まりだ。
夫は朝から午後五時まで、古びたお社で神としての務めをはたし、そのあとは繁華街の雑居ビルに入っている「占いの社」という店で、占い師のバイトをして糊口をしのいでいる。
そしてわたしは結婚を機に、推し活はきっぱりとやめた……はずだった。
いくつも並べていたおふだやお守りはきれいさっぱり整理し、神棚は夫のためだけの貞淑な場所となった……はずだった。
だが、神妻となってもまだ、わたしの心の奥底には、ぶすぶすと小さな火種がくすぶっていたようだ。
とうとう自分の欲望を抑えきれなくなったわたしには、神罰がくだるのだろうか……。
ええい、かまうものか。