小説

『神推し』花園メアリー(『古事記』)

 独身時代、わたしは神の推し活で、生きるためのエネルギーを得ていた。
 日本はとにかく神の層が厚く、コンテンツも豊富で恵まれている。まさしく神意によって豊かに実り栄えるという意味の、豊葦原の瑞穂の国という呼び名はぴったりだ。
 わたしはいつも、この国に生まれ落ちた幸運をひしひしと感じていた。
 それだけに、応援したい神は無数にいたが、同じ界隈での複数推しはタブーだ。
 わたしは高天原グループで一柱、葦原の中つ国グループで一柱、出雲の国グループで一柱と、自分なりにルールを決めて節操を守っていた。
 葦原の中つ国グループの推し神だったのが今の夫だ。
 他の大手二グループと比べて夫のグループは、人間たちに一番近く、親しみやすさが売りだった。圧倒的なカリスマ性で近づきがたい高天原グループの神々や、強烈な個性で威圧感のある出雲の国グループの神々とは違う、いかにも身近な隣の神さま的な魅力があった。
 独身時代のわたしは、夫が祀られている神社の月次祭には、毎月欠かさず通い、できるだけ宮司の近くに陣取って大声で祝詞をあげた。
 初穂料の一万円を捻出するために、生活費をやりくりすることさえ、推しのためと思えば楽しかったし、推しの名前が入ったお守りは、いつも肌身離さず持ち歩いていた。
 そんなわたしの運命を大きく変えたのは、「葦原の中つ国の推し神と、明晰夢の中で十分間だけ会える権利!」という抽選に当たったことだ。
 わたしの人生のすべてをそそいできた推し神と一対一で、文字通り「夢の」直接対話ができるのだ。

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