小説

『21番目のこぶ』白石如月(『こぶとりじいさん』)

 私は悲鳴をあげそうになった。この人は、この店は一体なんなんだ。一刻も早くここから出なければ。そう思って倫子さんに目配せしたのに、彼女は一歩、カウンターに近づいていた。
「この子のよけいな……こぶを取ってくれるってこと?」
「さようでございます。即金でお渡しできます。ただし三ヶ月後の本日までに、元金と質料をお支払いいただけない場合、すぐに流れてしまいますのでご留意くださいませ」
 そこでようやく、倫子さんは私の目を見た。笑っていた。不気味なほどに。
「だ、だめだよ、帰ろうよ」
「なんで。お腹の子の障害がなくなるのよ。その上、五百万よ」
「インチキに決まってる」
「だとしても、試さないなんて絶対後悔する、でしょ?」
 私は言い返せなかった。
倫子さんは頬を紅潮させ、さらに一歩、カウンターに近づいた。店主の女性のしなやかな手が倫子さんのお腹に触れる。力をこめてグッともぎ取るようにしたあと、手は私のお腹にも伸びてきた。
私は動かなかった。

「本当に、ふしぎなことが起こったというか……」
 妊娠21週目の健診日、エコー検査を終えて診察室に移動した私に、医師は困惑したような、しかし安堵したような表情で説明を始めた。
「前回まで、ダウン症の特徴がはっきり見て取れたんですね。でも今日のエコーでは、いっさい認められないんですよ……」
「やっぱりエコーですから、見間違いってあるんじゃないですか?」
「うーん、そうとしか考えられないなあ……」
 医師は最後まで狐につままれたような顔をしていた。私は診察室を出て、会計をすませて駐車場に戻った。クリニック内で平静を装っていたぶん、スマホを持つ手が震えた。
 信じられない。本当に現実になるなんて。

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