小説

『手鞠歌』洗い熊Q(『キジも鳴かずば』(長野県長野県))

 何が起きるかなど想像つかない。ただ死に関する出来事だけだ。その日に家に帰れば少しは安心するのだ。
 そう思いながら溜息を吐いた時。

「きゃあーー!!」

 彼女の声が響いた。
 此方が気を抜いた隙に亜佐美は人気のない路地に入っていた。その瞬間に悲鳴。
 思わず気が動転した。動転して慌てて路地へと追った。
 薄暗い路地で僅かに確認できたのは、道路に倒れ込んで頭を押さる彼女と目前でに何か振りかざしている人影だ。
 叫べば良いものを、泡食って思考出来なかった自分が何をしたかというと。
 その人影に突進したのだ。
 今、冷静に考えれば間違った行動。恐怖も一緒に人影に押し当たっていたのだった。
 本当に勢い任せ。任せし過ぎで自分も相手と共に道路に倒れ込んでしまっていた。
 馬鹿だと思った。直ぐに相手から反撃が来るぞと。腰抜けて動けず、思わず助けってと心で叫んでいた。
 だが相手から反撃がない。
 というか自分のタックルで相手も倒れ込んでから動けないようだ。
 弱い? でもそれが何故かというのが直ぐに分かった。
 外灯の明かりで薄っらと見えた倒れた相手は、亜佐美の周りにいた取り巻きの一人。幸薄そうな、目立たない感じの女性。
 あっと正体に気付いて僕と目が合った時、倒れ込んでいた女性はわっと泣き出して地面に突っ伏してしまったのだった。

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