小説

『もめ太郎 1/1000ピース』山本世衣子(『桃太郎』)

「まったくだらしないパパ。もう少し拓斗と遊んでくれればいいのにね~。山下さんのところは、今日動物園行ってるわよ。忙しいのに、そうやって子どもの面倒も見てくれて、羨ましいわ」
「僕は別に外に行きたくないけど」
 と、言いながら、地球のパズルをはめた。
パパが目を覚ました。
「何か言った?」
「少し拓斗と遊んでよって、言ったの」
「もう今日は疲れてるからだめ」
「今日だけじゃないでしょ。毎週じゃない。天気こんなに良いのに」
「疲れてるときに、余計に動くと心筋梗塞で倒れる可能性あるって、なんかテレビでやってたし」
「テレビの見過ぎよ。まったく。子どものことを少しでも考えたら、そんなくだらない考えはしないの。もうそんなだらだらした格好してたら、拓斗に何も言えないわよ」
「俺は、仕事はちゃんとしてるし、給料を家に入れてるのに、なんで文句ばっかり言われないといけないんだよ!」
「私だって最近パート始めたし、忙しいのよ」

 揉め事が始まった。ぼくはまた、どんぶらこ、どんぶらこ、とその波に揺れていた。しまいには、パパの靴の臭いが臭すぎて、消臭剤代が半端ないとか、ママは化粧品を買い過ぎるぐらい買ってるのに、毎日特に変わらない顔だとか、話がどんぶらこ、どんぶらこ、方向転換した。僕の宇宙の旅も止まり、パズルの地球が完成する前に、リビングを出て、自分の部屋に行った。

 僕は「もめ太郎」だ。揉め事から生まれた「もめ太郎」。桃から生まれた桃太郎は、強くて、鬼退治をして村に平和を呼んだ。僕は何を退治したら、この家に平和を呼べるのだろう。鬼がいないから何を退治したらよいのかさえ分からない。どんぶらこ、どんぶらこ。少し頭がぐるぐるして来た。身体に暖かい物が巻き付いて来た。モモだ。
「モモ、お前はママとパパの揉め事をどう思う?」
 モモはつぶらな瞳で僕を見ているだけだった。まるで「大丈夫だよ」と言っているみたいに。モモを優しくなでると、モモは、気持ちよさそうにする。このコミュニケーションが家の中での至福の時だ。
「そうだよな、お前には分からないよな」
 僕は、ふと思った。モモが人間の言葉を理解し、言葉を発するようになったら、僕らはどのように翻弄されるのだろう。何も言わないで良いから、モモにはその瞳で僕を見ていて欲しいと思う限りだ。

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