小説

『君に見せたかった、ふるさとの花』さくらぎこう(『西行法師作「山家集」「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月の頃」』)

 山下は私に逢って、春子さんの話を共有したかったに違いない。あいつだったら親身に聞いてくれるだろうと逢いに来てくれたに違いない。私は彼の気持ちにできる限り応えてやりたいと思った。
 何者でもなく生きてきて何かが違っていると戸惑っていた私は、今の山下のように、あの時にあれをしておけば良かったという後悔を常に抱えて生きて来た。だが、しなかった後悔ではなく後悔を引きずってきたことに、今の自分の戸惑いがあるのだと気づかされた。夢を諦めたことではない。小さな失敗や致命的な失敗、どちらも過去に戻ることはできないのだから。

 
 ヤマボウシの花ではない葉に顔を輝かせて話す妻を想った。私だけが頑張って来たのではない。妻もまた必死に人生を生きて来た。それは幸せなことなのだと今は思えた。
 春子さんは山下と私の友情の復活を望む一方、見舞いは固辞しているという。
 たしか通りを抜けたところに花屋があった。そこで薄桃色の花束を2つ買おう。ひとつは春子さんに、もうひとつは妻のために。了

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