小説

『私ととある料理人の話をしよう』柑せとか(『注文の多い料理店』(岩手県))

「ここは昔は注文が多かったらしくてな、大変だったそうだ」

 水色のドアを潜り抜け、

「注文が。へえ、そうなんだね」

 壁に掛かった鏡と、その下にある長い柄のブラシの脇を通り過ぎ、

「何せ準備に手間が掛かるもんだから、早く食えないって、ひいひいひい爺さんが言ってたよ」

 小さな台がある部屋を通って、黒い扉を抜け、

「美味しいものを食べるには、待つことも必要だよ」
「ああ、違いない」

 黒塗りの金庫や、硝子の壺の前を通って、

「さあ、どうぞ。お客様」

 ようやく、部屋に通される。
 その部屋はとても広くて、豪華に飾り付けられていた。部屋の中心には、大きなテーブルがあり、テーブルの上には白いお皿が、そしてそのお皿の上には、塩もみされたレタスと真っ赤なプチトマトが皿の真ん中を空けるように盛られていた。

「なんだか、不自然だね。ほうら、皿の真ん中がぽっかりと空いているよ」
「ああ、それで良いんだよ。メインがそこに来るからな」
「へえ、メイン。それはそれは、きっと大層なごちそうなんだろうねぇ」
「きっと気に入るさ。お前に食べさせてやるよ」
「え、良いのかい」

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