小説

『葡萄』白川慎二(『檸檬』梶井基次郎)

祖母の声はそこで止んだ。一体、いつの時代の話だろう、と聞いた当時は訝った。その後、父親に訪ねて、この話が事実だということが判明した。
ふと、冷蔵庫に実家から送られてきた葡萄が冷凍してあることを思い出した。先月の終わり頃に、両親が送ってくれたのだが、気持ちが落ち込んでいて食べる気がしなかったので、冷蔵したのだった。そして、それは、祖母がずっと育ててきた葡萄の木に生ったものだった。
体を上手く動かせない。頭が一際重く、足元がふらつく。けれども、冷蔵庫へと向かう。小さな部屋なのに、遠い道のりのように思える。
辿り着いた冷凍室の引き出しに手をかけて、中に入っていた葡萄を取り出す。そして、その場で一粒口へと放り込む。きんと頭の中に音が鳴るほど、冷たくて、それからゆっくりと甘みがこみ上げてくる。歯を立てると、シャリっという心地よい響きが顎を伝う。全身の高まった熱を、凍てた葡萄が一粒一粒、吸い取って、鎮めてくれているような気がした。
おめおめと生きてしもた。
祖母の声が蘇る。それは、祖母が川の中で聞いた子の声のように、僕を生へとつなぎとめるものに思えた。
そのとき、一つの着想が下りてきた。
部屋の電灯をすべて消して、暗黒――たとえば、あの浴槽の穴のような、あるいはテレビの画面のような――の中で葡萄を食べるのだ。スイッチを切ったら、暗闇がやってきた。さらに、窓のない浴室へ行き、戸を閉めると、目を開けても閉めても何も変わらないほどの漆黒が出来上がった。洗濯機に背をあずけると、まるで自分が死んでしまったような気がした。この世にあるはずのあらゆる色彩から隔てられ、音も聞こえない。残るのは鼓動に合わせて訪れる頭痛、そして、手の平の内に、きーんと凍てている葡萄の感触。
葡萄を口へ含む。固い果肉が、熱い舌の上でゆっくりと溶けて、甘みが滲みだしてくる。
葡萄を冷たく感じるのは、自分自身が生きているからだ。高熱を出しているのは、体が必死で生き延びようとしているからだ。
ふと、自分は葡萄の種なのだと思う。土の中にあって、これから育ち、甘い実をたくさん実らせる小さな一粒の種だと。この部屋が終焉の地に思えたのは、まだ何も始まっていなかったからなのかもしれない。
僕はその空想をとても気に入り、痛む頭の内に何度も擦り込むように響かせながら、闇の中で丸くなる。

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