小説

『葡萄』白川慎二(『檸檬』梶井基次郎)

 なあ、おばあちゃんな、ここにお嫁に来てすぐの頃、えらいことしてしもたんさ。自分がお腹を痛めて、産んだ男の子ォ――それも初めての子ォや――、川に流して亡くしてしもた。ほら、山の方へ一寸行くと、細い川があるやろ。あそこに野菜を冷やしに行こうとした。そしたら、五つになったばかりの子ォが「置いてかんといて」とぐずるもんやから、おばあちゃん、なんやら憐れなような、慕ってもろて嬉しいような気ィになってなァ。でも、同時に、五つにもなって、そんなに母親に甘えとるんは感心せんとも思った。だから、川に着いてから目離ししてしもたんやな。それがいかんだ。半端な親心が仇になってん。きゅうりスイカを川へ沈めて顔を上げたら、川の深いところから、手ェが出ていて、それからちょびっと頭が見えて、それっきりやった。家に走って帰って、あんたのひいばあさんに怒鳴られて、村中大騒ぎになって、もう上と下がひっくり返ったみたいに何が何か分からんくなった。旦那に――あんたのじいさんやな――、固めた手で横面張り倒されたりもしたけど、そんなことより、子ォ流してしまったことの方が痛くて苦しかったから、おばあちゃんな、もっともっと殴ってほしかった。もうその場で、打ち殺してもらえるんやったら、子ォの後、追うていけるのに、って思たんや。おばあちゃんな、三日後くらいに夜の川へいったんさ。生きてくんが嫌になったちゅうより、子ォに申し訳がなくて、旦那にも合わす顔あらへんし、これはわたいが死なな収まりがつかんなと思たんや。細い川やけど、やっぱり深みもあるし、そういうところは流れも速い。夜やから、水も冷たくて、もうあと一歩踏み出したら、たぶん足場はのうなるというときに、背中の川岸から子ォの声がした。なんて言うとるか分からんだけど、あれは自分の子ォが何か言うとる。そう思て、おばあちゃん、川を引き返して、岸に上がったんや。子ォはおらへんで、声も止んだ。不思議と、もう川へ入ろうとは思えへんかった。都合のええ話やと思うか。死ぬ間際まで行って、怖くなったから、そんな理由をつけて命延ばしたと言われたらそんな気もする。でも、おばあちゃんは、川の中からじゃなくて、背中の岸の方から声がしたのは、子ォが死んだらあかんと言ってたんちゃうかなぁて、そんな気ィがして仕方ないんや。それから一年ぐらいして、あんたのお父さんを生んで、育てて、こんな年まで、おめおめと生きてしもた。

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