乾杯直後。綾香の声は弾んでいた。
「結婚することにしたの。ホントは仕事は続けたかったけど、彼氏がしばらく働かなくていいって」
彼氏のその優しさは稼ぎがあってこそできるものだ。私は「そう、良かったね」と努めて笑顔を浮かべた。抑揚のない平坦な口調とともに。
私のことなどお構いなく綾香は饒舌だった。聞いてもいない馴れ初めに始まり、披露宴や新婚旅行のことなど。
「二人の意見が結構もめるのよ」
なんてため息を吐いたが、口元は緩みっぱなしだった。
「楓も仕事が大変だと思うけど、あまり気にせずにね。あ、そろそろ行こっか」
私への励ましは宴を締める言葉に紛れた。私は綾香との関係を終わりにしようと心に誓った。
一杯しか飲んでないのに随分と酔いが回った。どうやって家まで辿り着いたんだろう。ただ鮮明に思い出されるのは、帰宅して見た自称占い師の呑気な寝顔だけ。酔いは一気に吹っ飛んで怒りが爆発し、日頃は意図して出さない関西弁で捲し立てたというわけだ。
私が追い出したくせに何故だか一人取り残された気分。甲斐性なしの同居人が散らかした空き缶や雑誌を片付けていると、その一つ一つに妙な愛おしさを感じてしまい、私は思いっきり首を横に振って髪を乱した。
「髪、長い方が似合うよ」
付き合い始めた頃、俊太が言った言葉を頑なに守り続けた私だ。
翌日、仕事帰りに伸ばしていた髪を切った。身も心も全てリセットし、新たな一歩を踏み出すと心に誓う。
玄関前にまとめていた俊太の荷物は消えていた。取りに来たのか捨てられたのか、はたまた盗まれたのか知らないが、とにかくこれで本当に終わった。
ドアを開ければ、そこは私一人の城。好みを合わすことなく食べたいものを食べ、見たいテレビを見る。多少なりとも感じていた羞恥心も無くなれば、風呂上がりに全裸でストレッチなんかしてもオッケー。こうなれば前向きに考えよう。