小説

『ウラもおもてもナイ』ウダ・タマキ(『別後 野口雨情』)

 パンプスを脱ごうと膝を曲げると、黒い三和土に白さ際立つ一通の便箋が落ちているのに気付いた。
 『楓へ』とある。筆圧が弱く左に傾いた字は、俊太のもので間違いない。
「女々しいヤツやなぁ」
 思わず舌打ちが出た。そのままクシャクシャに丸めて捨てようと思ったが、さすがに憚られた。
 部屋着に着替えてソファーに座り、テーブルに置いた便箋を別れの儀式を執り行うかのように丁重に扱う。如何なる反省の弁が綴られているのか、いや、まさか復縁の申し出かと想像しながら開いた。

『明日のラッキーアイテムは眼鏡』

「はぁっ?」
 フラれたくせに元カノの占いをする無神経さが理解できず、丸めるどころか荒々しく切り裂いた。
 そもそも私は占いなど信じちゃいない。
 私からお金を借りて占いの学校に通い、どんな占いかは知らないが夜な夜な繁華街に出向いては悩める人達の未来を見ているという。たまに「今日はお客さんが喜んで多めにくれた」と得意げに語ってはいたが、せいぜい一晩で数千円の稼ぎは時給換算すれば高校生のアルバイトよりも安い。結局、学費も返してもらってない。
 そんな奴がお節介にも私の運命を占うとは・・・・・・あぁぁぁぁ腹立たしい!!
 なんてことを考えると、眠れなかった。
 東からの日差しがいつもより眩しく睡眠不足で目が痛い。コンタクトを入れられず、はからずも眼鏡をかけることになった。
 なんと、これが奏功した。先日登録した求職者との面談では、まさかの眼鏡が好印象だったようだ。
「実は電話の印象では関西なまりの妙な言葉遣いで大丈夫かなって思ってましたが、実際に会った感じが好印象でした。実は僕、眼鏡をかけてる女性がタイプで」
 そう言って恥ずかしそうにチラッと、私を見る目にときめいた。が、おっと、いけない。彼は大事なお客さんだ。私は努めて冷静に「ありがとうございます」と、右手の中指で眼鏡を上げ、パソコンのモニターに視線を落とし軽快にヒアリング内容を入力した。
『あpd@mx#:7^-x』
 久しく味わっていない感覚に舞い上がり、脳の信号が指先に伝わらなかった。

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