小説

『ヨコシマ太郎』木暮耕太郎(『浦島太郎』)

女の子に言わせるものかと思った。
「おれと・・・付き合ってほしい」
ももりはこくりとうなずいた。本当にこんなことってあるのか。これからもこんな幸せな瞬間が果たしてあるのだろうか、と思った。
「いこっか」
僕はももりの手を引き、階段を降りた。花火を見終えた人たちがぞろぞろと歩いている。
「ごめん、ちょっと寄っかかりながら歩いていい?足が痛くて」
「いいよ、ゆっくり行こうよ」
慣れない下駄を履いて鼻緒で指が擦れてしまったようだ。
学校の話や、中学のころの友達同士の話をしてゆっくり歩いた。相当ゆっくり歩いていたのでいつの間にか人通りは少なくなっていた。
「あれ、ももりんちってこっちの方なんだっけ」
「その先の細道を左にいくと近道なの」
そう言われて、細道の坂を登る。僕としたことが坂を上っている途中で気づいたのだが・・・。
「わ・・・なんか気まずいね」
坂を登るとホテル街なのだ。ホテル街といっても、3,4件のホテルが近しい距離に建っている、どこの田舎にもあるような風景だ。
「そ、そのうち、なんてね。」
気まずさから、なんてことを口走ってしまったんだと思った。
ももりの足が止まった。完全に地雷をふんだ。苦笑いで彼女の顔を見た。
「いま・・・行こうよ」
僕の思考は当然まとまらないまま、出るわけのない答えを演算し続ける電算機のように、ホテル竜宮城が照らす蒼白いももりを見つめていた。
「・・・行こう」
僕は強く手を引いた。今朝の自分が今夜のことを想像できるわけがない。
料金を支払い、カギを手に、エレベーターの中で先ほどとは違うかんじのキスをした。
フロアを降りてカギを差し込み、ノブを回して扉を開けた、その刹那。
「うわっ!」
「きゃーっ!」
白い煙が僕らを包み込む。まわりなんて何も見えない、すごい煙だ。
そのとき、僕に優しく腕を回して抱き着いてきたももりがそっと耳元でささやく。
「続きは・・・有料サービスパックでね」
・・・

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