小説

『スサノウの夏』添谷泰一(『古事記の八俣の大蛇』(島根県))

 郷土芸能部の部室。雪乃が部員と高齢者の人たちへ語っている。「どうしてもスサノウ役を見つけることが出来ませんでした。九月の公演は断念せざる負えなくなりました。ここまで頑張って下さった皆様には、大変申し訳なく思っています。ごめんなさい」。部員たち、あきらめのため息。その刹那、「しょがないよ」「雪乃は頑張ったよ」と励ましの言葉。雪乃、うるうるしてくる。そこへ、ぼこぼこにされた、能人が這う這うの体でやってくる。「やろうぜ」。「能人、あんた大丈夫?」「なんか、分かんねーけど、やろうぜ」「どうして?」「自分でも分かってるんだよ。とち狂ってるって。でも、今やらなければ一生後悔するような気がする」「能人、ありがとう」

 それから盆休み返上で、練習に明け暮れた。高校生は朝から晩まで。流れる汗が、彼らの努力の証だった。雪乃は笛を吹き、姫香はクシナダヒメを舞い、能人はスサノウを演じた。みんな何かに憑りつかれたように頑張った。そして、公演の日が来た。

 公演は、市民会館のホール。この日は、地域の高校の文化祭で、高校によって合唱、演劇、吹奏楽、そして、雪乃たちの郷土芸能とプログラムが組まれていた。ここで予期せぬハプニングが訪れる。高齢者の一人、初枝さんが急に疲れが出て、寝込んでしまい、来られなくなったのだ。初枝さんは老婆の役で、老婆がいなくては公演できない。万事休す。全員、宮田先生に目が行く。宮田先生、「俺?」と自分を指さす。「よし、頑張るぞ」と屈伸運動をする。そして本番を迎えた。太鼓が打ち鳴らされ、雪乃の笛が奏でられ、クシナダヒメ役の姫香が舞った。宮田先生はぎこちなかったが、何とかこなした。そして八俣の大蛇、火を噴きながら登場。この火は花火だけど、迫力満点の演出。そして、仕掛けていた樽に頭を突っ込み、酒を飲む、大蛇。そして、頭を次々と切り落としていく、スサノウ。大スペクタクル。熱演、熱演で観客も大喝采ののち、幕は閉じた。皆、達成感と充実感に包まれていた。部員たち、高齢者の人たち、抱き合って喜んだ。宮田先生が、慰労会と称して、大型ショッピングセンターのカフェで、飲み物をふるまってくれた。

 会が終わり、駐輪場へ行くと、スネークエイトが、気弱な男子高校生をカツアゲしていた。能人が「お前らやめろ」「おお、また、やられに来たか。ぼこぼこにしてやる!」。その時、雪乃、姫香、そのほかの部員たち、能人と共にスネークエイトに立ちはだかる。それは、公演で演じたスサノウが八俣の大蛇に立ち向かう姿と重なった。

1 2 3 4 5