小説

『大晦日の休日』田中竜也(『笠地蔵』)

 夫と妻は、屋敷の片隅にあった納屋で寒さをしのぐことにした。
「ここって、何となく見覚えがあるなぁ」
 納屋を見まわしながら、夫が言った。
「そういえばあたしたちが一緒になって最初に住んだ家も、こんな感じだったわよね」
「お前の親父に『娘さんを嫁にくれ』って頭を下げたら、怒鳴られた上に殴られたっけ。お前は裕福な農家の娘で俺は貧乏百姓のせがれ、当たり前だ。それで二人で駆け落ちして、空き家になってたこんな感じのボロボロの家に、しばらく住んでたっけ」
「あの頃はよく二人で夢を語り合ったわね……あたし、仕事に熱中してるあんたがうらやましくって。毎日充実した日々を送ってそうで。あたしもあんたみたいな日々を送りたい、そんな満たされない気持ちを、いろんなものを買うことで紛らわせていたの」
「俺は、贅沢し放題のお前がうらやましかった。毎日幸せそうでいいな、俺もああなりたいなって。嫌なやつに作り笑いしながらペコペコしなきゃいけない日なんて、仕事投げ出して鳥みたいにどこか遠くへ飛んでいきたい気持ちになってた」
「てっきり買い物ばかりしてるあたしにあきれてるのかと……」
「てっきり仕事ばかりしてる俺にあきれてるのかと……」
「あたしたち……」
 妻が言った。
「お互いのこと、勘違い、してたみたいだな……」
 夫が言った。
 しばらく沈黙が続いた。
「俺もお前もまだ50! まだまだ若い! 東照大権現様だって天下を取ったのは60だ。もう一回やり直そう! 今度はお前のこといっぱいこき使ってやる! 金ができたら俺も贅沢して人生楽しんでやる!」
「望むところよ! あんたにこき使われた程度でへこたれるあたしじゃないわ! あんたの上をいく働きぶりを見せてやるわ!」
 雪が降ってきた。すきまだらけの屋根から、雪がうっすらと落ちてきた。
「何十年ぶりかで、無一文の年越しだな」
 妻はうなずいた。
 二人は寒さをしのぐために、納屋にあった蓑を着て、笠を顔の上に乗せて、藁の上で眠った。二人とも、幸せそうな顔をしていた。

1 2 3 4 5 6