小説

『大晦日の休日』田中竜也(『笠地蔵』)

「どうこれ? きれいでしょ?」
 妻は新しく買った着物をうれしそうに夫に見せた。
「あぁよかったね、きれいだね。去年も似たようなの買ったけど、しまいっぱなしじゃないか」
「あれは去年までの流行。今年は扇の柄が流行ってるの」
「去年買ったかんざし、挿してるところ見たことないけど」
「今年は黒い木製のが流行ってるから、今新しいの選んでる最中」
「贅沢するのは結構だが、ろくに着もしない挿しもしないもの買って、何が楽しいんだ?」
「あんたこそいっつも仕事仕事って、仕事ばっかりしてて何が楽しいの?」
「この屋敷もその着物も全部俺が仕事したから今ここにあるんだ! お前が村一番の長者の妻でいられるのも、俺が休まず働いてるからだ! 仕事さまさま、あぁ仕事楽しい!」
 妻はそっぽを向いて何も答えなかった。沈黙が続いた。部屋の中が窒息しそうなほど重苦しくなった。
「あぁそうだ、これから町の商人と来年のことを話し合ってくるから。夜には帰る」
 気まずさに耐えきれなくなった夫が話を切り出した。
「大晦日なのに? 来年の話をすると、鬼が笑うわよ」
「来年俺が笑うために、今年のうちに商いの話をまとめてくるんだ!」
「あんたの笑ってるところなんて見たことない」
「お前が笑ってるところもな」

「それでは来年もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。良いお年を」
 商いの話が終わり、町の商人と年末のあいさつを交わした夫は、村へ引き返した。
「ねぇおじさん、何で今日は村に人っ子一人いないの?」
 帰る途中、小さな男の子が話しかけてきた。
「そりゃ今日が大晦日だからだ。みんな家の大掃除をしたり、年越しそばを作ったり、正月の準備をしたりで大忙しだ。こんなところでブラブラできるやつなんておらん」

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