小説

『大晦日の休日』田中竜也(『笠地蔵』)

 ゴーン……
「ん? あぁもうすぐ年明けか」
 夫は除夜の鐘の音で目が覚め、何となく焼け落ちた蔵へと向かった。
「あれ、こんなの蔵の中にはなかったはずだが……」
 焼け落ちた蔵の中に、一体の地蔵が倒れていた。夫はその地蔵を縦に起こした。
「……もしかして、お前が、あの時の、小僧……なのか? お前は毎日休むことなくこの村を災いから守っていたんだな。お前に『好きなだけ怠けろ』なんて言ったせいで、俺は村人になりすました化け物に家を壊され、財産を奪われ、挙げ句の果てに本物の村人からの信頼まで失ってしまった……」
 夫は黙り込んだ。そしてまた話しはじめた。
「若い頃、勤め奉公をしてたんだ。けど勤め先のお給金だけじゃ暮らせなくてな。家でも女房と二人で内職して生活費を稼いでた。貧乏だったけど、幸せだった。俺は何としてでもこの女房を幸せにしてみせるって決心して、がむしゃらに働いた。そして成功して、財をなした。俺の考える女房の幸せってのは、贅沢しながら暮らせることだった。けど女房は贅沢してたのに、幸せじゃなかったんだ。村一番の長者になった俺も、幸せは感じなかった……」
 夫は、火事で真っ黒になっていた地蔵の体を雪でこすって、きれいにしはじめた。
「さっき納屋にいた時に、幸せっていうのは、贅沢することじゃない、支えて支えられて、互いに相手を必要としながら暮らしていくことなんだ、ってことに気づいたんだ。貧乏だった頃に感じた幸せは、こういうことだったんだ」
 雪で地蔵をこすっていた夫は手を止め、しばらく黙り込んだ。そして苦笑いを浮かべはじめた。
「小僧の尻は叩くもんだが、俺が小僧に尻を叩かれた感じになったな。けどお前が尻を叩いてくれたおかげで、ここ数十年忘れていた、幸せってものに気づくことができた」
 雪が強くなってきた。夫は地蔵に降り積もった雪を払い落とすと、自分の笠と蓑を、地蔵に着せた。そして笑顔を浮かべながら地蔵に言った。
「小僧……いや、お地蔵様、ほんとうに、ありがとう」

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