小説

『大晦日の休日』田中竜也(『笠地蔵』)

 夫が話している途中で、村人の一人が大声を上げた。
「おい! 俺の作った茶碗にお前が支払った金、全部石ころだったじゃねぇか! しかも茶碗は俺ん家の近くで全部叩き壊されてた! 一体どういうつもりだ!」
「お前は毎年冬は出稼ぎで江戸に行ってて、茶碗作りなどしたことなかろう、伝八!」
 夫は伝八に怒鳴り返した。
「お前の女房が俺の家に火をつけた! 家族全員焼け死ぬところだった! 俺たちが何したっていうんだ! 何でこんなひどいことするんだ!」
「お前の家はここから見えるあの家じゃないか! 燃えてなんかない! 藤吉、一体どうしたんだ!」
「お前たち夫婦のせいで年越しどころじゃなくなっちまった! どうしてくれるんだ!」
「こいつら、俺たち貧乏人をいじめて楽しんでんだ!」
「どこまで性格ねじ曲がってんだ!」
「この悪党どもに思い知らせてやれ!」
「そうだそうだ!」
「屋敷を叩き壊せ!」
 誰かの一言で、村人たちが一斉に屋敷になだれ込んだ。ある者は母屋の大黒柱に体当たりし、ある者は家中の障子や襖を庭に放り投げ、ある者は母屋の屋根によじ登って瓦を一枚一地面に投げはじめた。
「き、喜助さん! は、早くお役人様を呼んできて!」
 妻が叫び声を上げたが、さっきまでかたわらにいた喜助の姿が見えなくなっていた。
「今お前に刃物で斬り付けられて大怪我をした! 俺たち貧乏人をもて遊んで何が楽しいんだ!」
 喜助は村人に混じって母屋を壊しながらそう怒鳴り声を上げると、夫をにらみつけた。
「喜助……」
「喜助さん……」
 信じられない光景を目の当たりにした夫と妻は、まるで金縛りにかかったかのように、その場から動けなくなった。二人は壊されていく屋敷をただ見つめるばかりになった。
 しばらくすると、村人たちは屋敷にあった高価な家財道具を担いで、一人一人去っていきはじめた。
「あんな重いものを軽々と担ぐなんて、なんていう馬鹿力だ。喜助! 伝八! 藤吉! お前らは恩を仇で返すつもりか! お前たちやこの村に仕事を与えて養ってきたのは、この俺だぞ!」

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