小説

『タニシの義姉』日下雪(『タニシ長者』(岩手県))

 妹が、タニシと付き合うことになった。大学へ入って一年半、初夏の風が薫る頃、妹は私に一葉の写真を見せ、凛とした声でそう告げたのだ。
「おねえちゃん、私、この人と付き合ってるの。」
スマホの画面に目をやり、そこに小さく地味な茶色いつぶ貝的生命体を認めた私は、思わず失笑した。
「なんで笑うの?」
「いや、見せる写真間違えてるよ。」
私が指摘すると、妹はヤダ、と慌てて素早くスマホを手元へ寄せたが、数秒後、合ってんじゃん、と幾分不機嫌になったやや低い声で、再び同じ画像を私に突き付けた。
「えっ……だってこれ、」
絶句する私に、妹はやや自慢げに言った。
「タニシくんだよ。乗馬サークルで知り合ったの。」
 なるほど、言われてみれば、これはタニシである。しかし、人間がタニシと付き合うとは、いかなることか。タニシが馬に乗れるのか。いや、そんな細かいことはどうでも良いが、エイプリルフールはもうとっくに過ぎているし、それに頬をわずかに紅潮させた妹の
高揚は十九年間の付き合いからして明らかに本物であったから、私は不安になった。
「真面目で優しくて、ちょっと真面目すぎるトコもあるけど、そこも好きなの。」
妹の話によると、そのタニシは人語を解し、勉強もよく出来る。両親は人間であるので、タニシくんだけが突然変異的にタニシである。タニシくんは人間と同じように、大切に育てられてきた。
「乗馬サークルでも、大活躍なんだ。タニシくんは体重が軽いから、馬に負担をかけずに有利っていうのもあるけど、何よりお馬さんとココロを通わせられるのが大きいみたい。」
 黙って聞いていた私の心に、その時一点の赤い炎が灯った。
 この恋、許すまじ。私そっくりの妹は、確かに器量は良くないけれども、それでも赤ん坊の頃から家族総出で目に入れても痛くないほどに、可愛がってきたのである。その妹を、タニシごときにやれるか。
馬と心を通わせられるうんぬんと美徳のように騒いでいるが、大方馬語とタニシ語は酷似してでもいるのであろう。どっちもあぜ道にいそうだし。長年友人にシスコンとからかわれてきた私の魂は今、熱い怒りに燃えたぎっていた。
「許さん。」
「へ?」
「今度、そのタニシを、うちへ連れてきなさい。」

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