憎きタニシが家を訪れるまでの数週間、私は無為に日々を送っていた訳ではない。私には、一つの作戦があった。そうとも知らずに、そのどこの馬の骨とも判らぬ間抜けなタニシは、のこのこと我が家へやって来たのである。
「初めまして、タニシです。真美さんとお付き合いをさせていただいております。」
妹の手のひらの上に乗ったタニシくんは、玄関先で礼儀正しくあいさつをした。
「あらあら初めましてタニシくん、まぁゆっくりしていってねぇ。」
ピカピカに磨き上げられた玄関で、いそいそとタニシくんを迎えるエプロン姿の母は上機嫌だ。しかし、用意してあった新品のスリッパを彼女がさりげなくそっと片付けたのを、私は目の端にとらえ、何か非常にやるせない気持ちになった。
「いらっしゃい、タニシくん。こちらへどうぞ。」
そう言って私はタニシをリビングのソファへと案内し、それからしばらく妹と三人談笑した。タニシくんは農学部で研究をしているということで、話してみるとなるほど好青年であった。私はこれから実行しようとしている残酷な計画を遂行する意思が危うく揺らぎかけるのを感じたが、心を鬼にして、まずは妹に席を外させるべく、おもむろに口を開いた。
「真美、台所にタニシくんのために買ったミドリムシ・クッキーが置いてあるから、持ってきてくれる?」
「いいよー。」
妹がドアを閉めて出て行った次の瞬間、私は隠し持っていた「あるもの」の内容物を、ソファテーブルの上にちょこんと乗ったタニシくんの周囲に猛然とばらまいた。ばらまいたものは、JA農協の直売所で買い求めた「新鮮食用ジャンボタニシ(パック入り)」のプラスチックケースの中身である。私は最初ペットショップへ行ったのだが、タニシは愛玩動物どころか害虫であるということで、全く扱われていなかった。あちこちを探し求めて、ようやく生きの良い数十匹を入手したのである。
それから私は、飼っているセキセイインコのキィちゃんのケージを目いっぱい開放した。キィちゃんは、すかさずテーブルへ舞い下りてタニシたちを突っつき始める。タニシくんは、恐怖で声も出ないようだ。私がしめしめとほくそ笑んだその時、後ろで妹の金切り声がした。
「ちょっとおねえちゃん、何やってるの!」