夫が怒鳴り声を上げると、家財道具を担いでいた3人は、夫をにらみつけた。夫には、喜助にはツノ、伝八にはキバが生えているように見えた。
「あ、あなた、藤吉さんの肌、緑色……」
妻が小さな声で夫にささやいた。さっきまで怒鳴り声を上げていた夫は、3人の異様な姿に、足をガタガタと震わせはじめた。
村人たちがいなくなり、屋敷は、足を震わせながら立ち尽くす夫と、現状を受け入れられずに座り込んでしまった妻だけになった。蔵の火は下火になり、くすぶってパチパチと音を立てていた。あたりには灰のにおいが立ち込めていた。
「一体何の騒ぎです? 何で蔵が燃えてるんです? 何で母屋がめちゃくちゃに?」
表門の前にいた喜助は、屋敷の中を覗いて不思議そうに尋ねた。
「馬鹿野郎! お前が壊したんだろうが!」
夫は今にも喜助に殴りかかりそうな勢いであった。
「お待ちください! 私は今、休みをいただいております。年末年始はそれぞれの家でゆっくり過ごせと使用人たちにお暇をくださったのは旦那様ではありませんか。今日はずっと自分の家におりました」
「……そういえば、そうであった。じゃぁ伝八はどこへ行った! あいつが俺の貴重な家財道具を盗んでいきやがった!」
「伝八のところは夫婦で江戸に出稼ぎに行っておりますので、今この村にはおりません」
「一体何の騒ぎだ?」
藤吉がやってきた。
「お前! 自分の家が燃えてるなんて訳の分からんこと言いやがって! よくも俺の屋敷を壊しやがったな!」
「旦那様、どうなさったんです? 俺の家なんて燃えてませんぜ? この表門からだって見えるじゃありませんか。大晦日はどの家も大忙しでさぁ。この時分に出歩いてるやつなんておりやせん。騒々しいから来てみただけです。あ、蔵と母屋が……」
村人たちが騒ぎを聞きつけゾロゾロとやってきた。村人たちは、燃えた蔵、今にも倒れそうな母屋、夫の不可解な言動を目の当たりにして、驚きと気味悪さを隠せない様子であった。
「あ、あの、私どもは大晦日で色々とやらなきゃいけないことがありますので、これで失礼します……」
喜助がそう言うと、村人たちはそれぞれの家に帰りはじめた。
「……お役人にこのこと言ったほうがええじゃろか」
「関わらんほうがええ」
村人たちは、帰りぎわ、夫の方を何度も振り返りながら、ヒソヒソ話をしていた。
ドーン!!
「!?」
表門から引き上げていく村人たちを見ていた夫と妻が、ものすごい音にびっくりして屋敷の方を振り返ると、今にも倒れそうだった母屋が、完全にぺしゃんこになっていた。