小説

『花田の桜』立田かなこ(『花咲かじいさん』)

 ある日、今日は少々遠出しよう、と花田はペロにリードを付けた。
 先のぎっくり腰はもう良くなったし、初春の寒さももうだいぶ和らいだ。いつも短距離を歩いているだけでは、若いペロの健康には悪いだろう。そう思い立ったのだ。
 いつもの交差点で、普段は右に曲がるところを今日はまっすぐ進む。ペロは「そっちは違うよ」とばかりに引っ張るが、花田は笑って、
「今日はいっぱい散歩をしよう」
 と言うと、ペロは目をキラキラさせて歩を進めた。
 休み休み歩いて、繁華街辺りまで来た。
 と言っても、街というほど大きくはないが。
 物音で溢れる場所は嫌いだ。そう花田が引き返そうとすると、ペロがリードを引く。
 強い力で引くので、何だとその視線の先を追うと、コロッケ屋があった。
 確かに良い香りが漂うが、お前は食べられないだろう?と言うと、ペロはしゅんとして花田に着いてきた。
 繁華街を過ぎたらすぐ田舎に戻る村だ。見るものもあまり無く、ただ景色を見ながら帰路に着いた。
 そろそろ春だなぁ、と、畑の傍に点々と生える桜を眺めていると、遠くから、爆音を撒き散らしてバイクが通った。
 耳のいいペロは大いに驚いて走り出してしまった。その力は凄まじく、花田は転んでリードを手放してしまった。
「ペロ! ペロっ!!」
 花田の静止も聞かず、ペロは離れていく。
 やっとの事で起き上がり、姿が見えなくなったペロを想い途方に暮れていると、後から声がした。
「大丈夫ですか?」
 振り向くと、警官が自転車に乗ってパトロールをしていたようだ。
 今までの経緯を話すと、警官はメモを取る手を止めて言った。
「花田晴彦さん……?ああ、うちの夏広と冬樹がお世話になってます」
 ぺこりと彼が頭を下げたので、花田も思わずそれに倣う。
「そうだ。なら、2人にも手伝って貰いましょう。僕よりもペロちゃんの特徴を知ってるはずですから」
 そう言って彼は自転車に跨った。
「じゃあ、何かあったら連絡してください!」
 花田は、田舎の狭いネットワークに感謝をしながら警官の背中を見送った。

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