小説

『怠け神』小山ラム子(『怠け神』(山梨県))

 気が付いたら奴はそこにいた。糸のように細く、豆粒みたいに小さい男。
「俺は怠け神だ」
 この部屋の中で唯一スぺースの空いているベッドの上にすわり、その男はニイッと笑った。

 最初にめんどくさくなったのはなんだったっけ。
 届いた本棚にせっせと漫画本を詰めながら、俺は記憶をたどっていた。
 会社を辞めて、家にこもる日々。いつか見ようと楽しみにして積んでいた漫画本やらDVDがあったから、退屈はしなかった。
 創作物に描かれる、自分とは全く無縁の世界達。それは俺をとことん魅了した。この世界にずっと浸っていたかった。自分の世界になんて帰ってきたくなかった。
 だから、こっちの世界の俺はどんどん怠け者になっていった。
 まず、身の回りの片付けをしなくなった。洗濯も食事も最低限。
 そんな生活が半年ほど続いたある日。奴は俺の前に姿を現した。
「おいおい、なに片付けなんかしてんだよ。働くなって」
 奴が俺の肩に手をまわす。振りほどく気にもなれずに、黙々と作業を続けた。
 やせっぽっちだった怠け神とやらは、今やぶくぶくと太っていた。こいつは、家主が怠ければ怠けるほど肥えるらしい。
「やめろよー痩せちまうだろ。ほら、いつもみたいにダラダラしろって。漫画でも読もうぜ。なっ」
「お前がぶくぶく太るから部屋がせまくなったんだよ。片付けるしかないだろ」
 怠け神は面白くなさそうにベッドの上に寝転がった。途端にがーがーといびきをかき始める。
 その隙に作業を終わらせ、棚の前に立ってみる。俺の愛する漫画本達。
 面白い漫画本は背表紙まで美しい。
 その辺に転がしておいたことに罪悪感を覚えながら、今度はDVDを手に取った。こいつらも並べてやりたい気持ちがふつふつとわいてくる。
 意を決してパソコンを開く。ネットバンクで預貯金を確認し、減る一方の口座を見てため息をつく。まだ余裕はあるが、でもずっとこんな生活を続けられないのも分かっていた。 
 求人情報のページを開く。今日はそこまでだった。
 パソコンを閉じて、テレビのリモコンに手を伸ばすと視線を感じた。いつの間にか起きていた怠け神は、俺をにやにやと見つめていた。

 髭をそり、散髪に行ってこざっぱりとした俺を、怠け神は信じられないものを見る目で見ていた。
 スーツに袖を通したときなんか絶叫していた。

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